21日間ブログチャレンジ

書くことは、RPGに似ているかもしれない。

つい3日前に「書くということは、片付けのようだ」と書いた。

書くことは、心を片付けるということ。 ブログを書き始めて、3週間が経とうとしている。途中で3日空いたので、連続更新記録としてはまだ13日目だけれど、心に浮かんだことを言葉に...

まだ3日しか経っていないけれど、書くということは完全に片付けだなと思ったので、もうちょっと踏み込みたい。

思考の片付け期

人は1日に60000回も何かを考えていて、そのうちの95%は昨日と同じことを考えているという。(何度か本で見かけているのですが、大元の出典がわからず。ご存知の方がいたら教えてください。)

なかなか絶望的な数字だが、なんとなくわかる気がする。「ああ、確定申告しないとなー」と思うだけで翌日に繰り越してしまったり(今日のことです)、「やっぱり許せん」と過ぎた記憶に不意に囚われてしまったり、ごはんの献立を考えたり、ああ日が長くなってきたなあと外を眺めたり。

それでも、具体的な思考はある程度整理がつく。「明日ごみを出そう」は明日になったら結果が出るし、確定申告には明確な期限がある。けれど、抽象的な思考には出口がない。考えたつもりでも、同じところに戻ってきてしまったり、獣道に迷い込んだりしてしまう。

ブログを書き始めたばかりの頃は、そういう迷ってばかりの思考をつないで道を作る作業だった。どの思考がどこにつながっているのか。矛盾している思考はどれとどれなのか。文章という形で外に出していくうちに、思考同士の関係性が見えてくる。

書くことは、思考の地図をつくること。 昨日まで、ブログを3日間続けて書いた。 占い師としてのあり方を考えた。虚構のたまねぎ。人と宇宙の相似象 その中で、文章を書...

これを毎日続けているうちに、昨日と違うことを考える余裕が出てきた。(体感としては、5%くらいは減ったのではないか。)(だとしてもまだ90%は昨日と同じことを考えている計算ですが。)

これは片付けでいうと、本棚やクローゼットを片付けている状態だ。本が増えて本棚に収まらなくなってきたら、手持ちの本をすべて見直して整理する。このとき、いくらあふれてきたとはいえ、本や服の全体量はある程度見えている。

行動の片付け期

次に手をつけたのは、今まで気になっていたけれど放置していた部分。「いつかやろう」と思いながらも、なかなか機会を作ってこなかったことを、「ブログを書くネタとしてちょうどいい」という理由から実行できるようになった。

ブログを書き始めてから行動が変化したのは、今のところ3つ。

  • 少食
  • 積ん読の解消
腹八分目をめざす。 ひさしぶりに会った友人から「そういえばちひろちゃん、昨年少食やってたよね?」と言われた。そうだった。完全に忘れていたけど、そんなことを...
60日間で枠を外す。 つい先日、2か月間インドへ修行に行ってきたという男性に会った。インドのヨガ合宿は1週間程度から気軽に参加できるそうだが、日常からある程...

たとえるなら、換気扇とか窓の桟とか「今は忙しいからまた今度」と見て見ぬふりをしてきた部分が、他が片付いたことで目に入るようになった状態だろうか。それまでは頭の中だけで行われていた思考の片付けが、ついに現実を動かすようになった。

感情の片付け期

そして、ついにボスステージだ。

それは開かずの扉とでもいうか、すべてのいらないものや見たくないものをごちゃっと押し込んだままのカビくさい納戸のようだった。表面的な片付けを終え、もう一段階踏み込んで掃除が進んだ結果、納戸の扉にたどり着いてしまった。ものわかりの良いふりをして蓋をしてきた感情の声を聞いた。

手放すということ。 先月、3年半ぶりに新潟に帰った。 父が癌だという話は聞いていた。その後手術をし、無事退院した。しかしある日、手術後の検診に来なか...

開ける前は「うわー、何が出てくるんだろー…」と恐れていたものの、実際に開けてみると、小さな頃大切にしていたおもちゃだったり、今は亡き祖母も写った家族写真だったり、忘れられていた心の欠片のようなものがガラクタとともに押し込められていて、すべて終わってみれば「ああ、開けてみてよかったな」と素直に思うことができた。

けれど、まだ油断できない。何せブログを毎日書いているといっても「たった3週間」という言い方もある。(どちらかというと、3週間も続いてすごい!と思っています。)(褒めて伸びるタイプ)

先の記事は強敵ではあったけれども、まだ存在を認識できていたし、片付けないといけない場所だとわかっていた。

しかし、竹藪に覆われて半壊した蔵とか、入り口が隠された地下室とか、どこにあるのか何が眠っているかすらもわからないどす黒いダンジョン的な何かがまだまだ残っているというなぞの確信がある。(たぶん今入るとザコ敵にも瞬殺されるレベル。)

こうして、毎日毎日コツコツ記事を重ねていくと、そのうちレベルがあがって、ダンジョンへの入り口が不意に開かれるのではないか。そして、手の中に握り締めたまま、拳を握っていることすら忘れていた何かを手放していくことが、(自己から見た)世界の解放なのではないか。

まとめ

ブログを書くことって3段階の片付けのようだよね、といかにもブログらしい記事を書こうとしたのだが、なぜかRPGに着地してしまった。(序盤はあえて書き直しません。)

けれど、ここまできて重要なことがわかった。もともと、コツコツ積み重ねるということが非常に苦手なのだけれど、RPGのレベル上げはなぜか苦にならないのだ。そして、それはおそらく、たどり着く先が明確だからだと思っている。

なんとなくで始めたブログの更新だけれど、ブログを続けていくことの意味がここで明らかになった。それは、(RPGに寄せるならば)己のうちに秘められた謎を解き、閉じられていた世界を解放することなのだ。

ええ!ブログめっちゃ楽しそう!という気持ちが今あふれています。明日も更新するぞー。