21日間ブログチャレンジ

やさしい世界。

大分県主催の移住相談会「おおいた暮らし塾」に参加するため、1泊2日で大阪に行った。

そこで、パラレルシフトが起きた。

ひさしぶりにSNSで、かつての友人の名前を見かけた。仮にA氏とする。そのときなぜか「来週大阪でAくんに会うんだな」と思った。

しかし、そんなわけがない。

たしかに大阪に行く予定こそあるものの、スケジュールは埋めてしまった。それに、A氏にはもう随分と会っておらず、気軽に連絡をとれる間柄でもない。

そもそもの話、A氏は大阪にいない。気になって彼の近況を確認してみると、やはり東京にいる。

どう考えても会えるはずがない。

「おかしいと思った。そんなことあるわけないじゃん」と思考が笑う。しかし、普段であれば「ですよね、すみません…」と小さくなる感情が、「でも会うんだよね」と謎の確信に満ち溢れていて、一歩も譲らない。

あまりに意味がわからないので、記憶に残っていないだけで夢でも見たんじゃないだろうか…と考えたりしたのだけれど、結論からいうとそれは現実になった。

翌週、大阪についてみると、A氏も偶然関西に来ていることがわかり、途中でいろいろあったものの最終的には連絡がついて、翌朝30分ほど時間を作ってもらい、お茶を飲みながらたわいもない話をして解散した。

目の前に本人がいるときから(失礼にも)「え?こんなことある?え?なにこれ?え??」と思っていたのだけれど、別れたあとはなおさら「夢だったんじゃないだろうか」と考えた。

しかし、その日更新された彼のnoteには、たしかに会った痕跡が残されていて、3回くらい読み返してやっと、ああやっぱり本当にあったことだったんだなと思えるようになり、今に至る。

(しかし、こうして文章にしてみると意外と大したことがなくて、うんそういうこともあるんだろうねという気持ちになってきた。)(あの衝撃が伝わらなくて本当に残念です…)

大阪滞在中は他にも、いろいろなことが全部つながっているとしか思えないようなことばかりで、あの日の大阪は異世界だったんじゃないかとほんのすこし思っている。

結論だけいうと、それまではずっと個が個である世界に生きていた。「みんなつながっているよね」とか言っていても、どこかで信じていないというか、あくまでも個であることが前提で、だからこそ時折感じられるつながりが美しいのだと感じていたように思う。

最近、惑星の孤独について考えていた。果てしなく広大な宇宙のなかを、自らも回転しながら、誰とも出会うことなく、それぞれに決められた軌道を進む惑星は孤独なんじゃないだろうか。それとも、天にあるものが地にもあるならば、それは人の姿でもあるのだろうか。

たしかに、惑星同士は物理的に接触しない。けれど、皆が皆太陽の引力によってしっかりと結びついている。同じように、衛星は惑星と引力で結ばれ、そうした結びつきで銀河が形成され、宇宙は全体として美しく調和している。個は全の一部であり、全は個でできている。

人も同じように、世界の中に個個が存在し、たとえ直接出会わずとも何かしらの影響を与え合っていて、そのバランスで世界ができている。そんな、個が全である世界に突然シフトしたと感じた。

とあるワークショップで「目を閉じて背中から床に倒れ込む」というワークをしたことがある。チームのみんなが背後にいて受け止めてくれるのだけれど、わかっていても怖い。とにかく怖い。無理、もう帰りたい。

けれど、死ぬ気で倒れ込んだときに、ふわっとからだが包み込まれる、その感覚を不意に思い出した。あ、世界が受け止めてくれた。そう思った。