満月アウトプット

ライブ配信は、世界にすべてを委ねるための練習のようだなと思う。

最近、毎朝Facebookのライブ配信で、カードリーディングをしている。その日のテーマを1枚、心の持ち方のアドバイスを1枚、計2枚のタロットカードをひいて、感じたことを伝える。

ライブ配信のおもしろいところは、撮り直しができないところだ。カードもその場で引くので、事前になんの準備もできない。

テーマとアドバイスががっちり噛み合っているときは話しやすいのだけれど、ときどき「なんだこれ」と思う組み合わせが出たりする。それはそれで、「なんだこれ」と思ったなりに感じたことを言葉にするのだけれど、そういう日は話しているうちにだんだん何を言っているのかわからなくなることも多い。

はじめて「やばい、今日は何を言っているのかまったくわからなかった…」と思った日は、配信を終えたあとに「何が問題だったのか」「どう伝えるべきだったか」についてひとり反省会を開催した。しかし、おもしろいことに、その日いただいたリアクションは普段とかわらず、むしろ少し多いほどだった。

自我は、自分のわかっていることを伝えたがる。けれど、カードを通して出てくる言葉は、たぶん、違うところから発せられている。

そもそも自我は、できることならおもしろいと思われたいし、ついでにいうなら「あたってる」とか「この人すごい」とか思われたい。でもそんな思いを持って引くカードは、たとえあたったとしてもきっとどこか歪だ。

ライブ配信のもうひとつおもしろいところは、誰が受け取るのかわからないところだ。普段リーディングをするときは、相手がいる。そのときは相手にチューニングをあわせればいいけれど、対不特定多数となるとそうはいかない。

だからこそ、自我が言いたいこと、もしくは自我が聞きたいことを手放す必要があるのだと思う。コントロールしなければきっと、必要な人がそれぞれ必要な情報を受け取れるようになっている。

最近読んだ本では、計画もなく行き当たりばったりで行動しているように見えて、必要な人やタイミングが想像を超えた形でつながり、結果的にうまくいってしまうことを「インディアン・スタイル」と呼んでいた。35人が参加するアメリカツアーですら、ほぼノープランだったにもかかわらず充実のうちに成功したという話も出てくる。

ここ数年はそういう世界に触れてきたから、そういうものなのだということはわかる。わかるけれど、「まだそこまで委ねられないな」と思いながら読んだ。

委ねていないということは、ノープランでいったらただのノープランのまま終わってしまう。エゴや理性の働きを手放して、すべてを信頼し委ねてこそ必要な物事につながることができるのだ。そう考えると、毎朝のライブ配信は委ねる練習のようだなと思う。信頼する感覚をすこしずつ積み重ねていけば、いつかすべてを手放せるような気がする。

ここまで読んでもし「全然ぴんとこない」と思っている方がいたら、ぜひカードをおすすめしたい。タロットカードでもオラクルカードでもいいけれど、間にワンクッションはさむことで広義の自己と対話しやすくなる。

何冊かタロットカードの本を読んでみると、読み方にも並べ方にも正解なんてないことがわかる。逆位置はとってもとらなくてもいいし、一生懸命選んでも適当にひいても、自分がひいても他の人がひいても、なぜか最終的にはそのとき必要なメッセージを伝えるカードが出てくるようになっているのだ。

「ええ?本当??」と思った人にこそ、試してみてほしい。