66日間ブログチャレンジ

年を重ねるという希望。

昨日は「40代になった今、20代の頃と比べて明らかにゲームに集中できなくなった」という話から、年をとって集中力が低下するのは、余計なことにエネルギーを使えなくなってくるからではないかと考えた。(40にもなってそんなにゲームを一生懸命するのはどうなのか、という話はここではしません。)

小さな創造力を解放することを許す。 日に日に心がやさぐれてきている。 https://chihiroarai.com/do-what-you-can/ 外で起...

そのあと、「宇宙のパワーと自由にアクセスする方法」のセルフイメージとレッテルに関する話と、「フラワー・オブ・ライフ 古代神聖幾何学の秘密」の第1〜3意識レベルの話とを総合して、生まれたときから築き上げてきた自我は60歳に向けて純化していくのではないかということを考えたのでちょっと聞いてください。

宇宙のパワーと自由にアクセスする方法」では、「人が苦しむのは、自分が誰なのかを知らないからである」というインド哲学をベースに話を展開する。人が自分だと思っている身体的特徴や肩書きは、外部から与えられるただのレッテルでしかない。生まれたときは誰もみな自由だったのに、成長とともにどんどんレッテルを集め、自らを牢獄につないでしまうという。

あなたはいったい誰なのか。 「目に見えるものは、知覚が生み出した迷信である」という話を、オーディオブックで聞いている。(あまりに面白かったので、途中までしか進んで...

フラワー・オブ・ライフ」では、自己と他者の区別がなく一体化していた原始時代の状態を第1意識レベル、現在の自我が発達し分離した状態を第2意識レベル、分離のあと統合した状態を第3意識レベルと呼ぶ。数千年あるいは数万年前、人々はそれぞれの所有を区別せず、狩った獲物はみんなで分け合っていたという。やがて農業が広まり、土地の所有や農作物の保存が行われるようになって、人々は分離しそれぞれに富を蓄えるようになった。これが現在の第2意識レベルで、やがて自我を持った人々が自我を超えてつながることができるようになった状態を第3意識レベルという。

ここでは第1〜第3意識レベルは、人の進化の過程の話なのだけれど、もしかしたらひとりひとりの成長にも当てはめることができるのではないだろうか。現代は分離の時代だというけれど、誰しも生まれたときには、自己と他者の区別がない純粋な第1意識レベルにいたはずだ。それが、周囲を認識するにつれてレッテルを手にしはじめ、自我を育てて第2意識レベルへと移行していく。

60歳になることを、還暦という。中国由来の暦では十干と十二支を組み合わせて、年月日にそれぞれ当てはめる。たとえば、2020年は庚子で、4月は庚辰、10日は癸未だ。この組み合わせは60通りあるため、60年で暦が一周する。だから還暦と呼び、赤ちゃんに見立てて赤いちゃんちゃんこを着る。

かつて、60歳は定年を迎える年だった。すると職場での役割がなくなり、レッテルがひとつ外れる。また、人生80年とすればその頃には親を亡くす可能性も高く、「子ども」という役割もひとつ外れる。同時に、自らの子どもは成長して親になり、「祖父母」というレッテルは増えるかもしれないが、「親」というレッテルの意味は薄れる。

そうしたレッテルの付け替えが大々的に起こるのが60歳という節目だったのではないだろうか。

これまで大切にしていたレッテルが外れることは、それまでしまいこんでいた自己と向き合うきっかけとなる。このとき、「絶対に手放したくない!」と思えば自我をさらに強烈にまとった60代になるし、するんと手放すことができれば第3意識レベルに近づくのではないだろうか。

実際に、20代より30代、30代より40代と時が経つにつれて、何者でもなく何も持たないことを許せるようになってきたなあと感じている。もしそうであるならば、年をとるというのはなんて素敵なことなんだろう。