21日間ブログチャレンジ

身体は心を反映する。〜こたつで現実世界について考えた。

先週からすこし体調を崩している。ちょうど1週間ほど前、傘もないのに雨に降られて濡れてしまったことがあった。タイミング的にもきっと風邪なんだろうと思いつつも、万が一を考えると「大丈夫」とはとても思えなくて、予定をキャンセルさせてもらって比較的ゆっくり過ごしている。

が、なんだかやっぱり調子が悪い。喉の痛みは前からだけれども、今日はなんだかリンパも痛い。頭も重いし、とにかく眠い気がする。仕事も一段落ついたし、今日はもう寝たい。ほんとに寝たい。何をするにしたって健康第一だし、まずは休もう。

と思ったのだけれども、ブログを書かないとやっぱり気持ち悪い。現在「21日間ブログチャレンジ」と銘打ってブログを連続更新中のうえ、今日は20日目だ。明日でゴールだというのに、ここでやめるのはどう考えてももったいない。

そういえば、ブログを書きはじめて5日目にも、一度体調を崩した。あのときは、毎日睡眠時間を削りがちになっていたことに気がついて、計画的にブログを書く時間をとるようにしたんだった。今回も何かどこかで無理をしているんじゃないか。そもそも、21日間チャレンジをはじめる前は、そんなに体調を崩すほうではなかった気もする。

ひとつ足して、ひとつ引く。 急にあちこち出歩くようになったこと。突然ブログを書き始めて、脳の普段使わない部分を使うようになったこと(21日間ブログを連続更新するチ...

そう思って、心の声に耳を傾けてみると「おもしろいと思われたい」という気持ちに気がついた。

「ブログ読んだよ」「おもしろかったよ」「楽しみにしてるね」。そんな声をかけてもらうことが時折あって、それは本当にありがたいことだし、嬉しく思っているし、そういう言葉に毎日支えてもらっていたと思うのだけれど、それがバランスを崩して執着になってきているのだと思った。

ヒマラヤで悟りを開いた日本人、ヨグマタジ・相川圭子師は「心にはくっつく性質がある」という。この表現は、とてもやさしくてわかりやすい。「うれしい」「好き」「楽しい」といったいわゆるポジティブな感情も、どんどんくっつけてしまうと「もっと欲しい」という執着になる。そして、執着は苦しみを生む。

どうでもよくないことを手放す。 友人が「『こんなことをしたら周りからどう見られるか』が気になってしまって、常識の枠に囚われているから、いろいろなことに対して”どうでも...

「ブログを書かなきゃ」とひとりで思い込んでいたな、と思う。そうやってひとつひとつ、心にくっついているものをはがしてみたら、「とりあえずのんびり過ごして、なにか書きたいことができたらブログを書こう」と思えてきた。

それで、こたつでみかんを食べながらPrimeVideoで「なぎスケ!(草彅剛氏とユースケ・サンタマリア氏によるものすごくゆるいバラエティ番組)」を見ていたのだけれど、眞鍋かをり氏とVR体験に挑戦する回を見ていて思った。スピリチュアルの世界では、「人類が覚醒するタイミングが近づいている」といったりするけれど、こういうことなんじゃないか。

いろいろな本を読んでいると、そもそもの本体である魂は、物理法則の存在する地球に思い通りにならない世界を体験するために来ていると書かれていることがある。まさに映画マトリックスの世界だ。

借金2000万円を抱えた僕にドSの宇宙さんが教えてくれた超うまくいく口ぐせ(小池浩著)

マトリックスだけでも十分わかりやすいと思うのだけれど、VRが進化すればするほど、そこからさらに踏み込んで実際に体験できる。

500年前に「この世はすべて幻である」と言われた人はぴんと来なかったと思うのだけれど、それが「マトリックスのように、この世はすべて幻である」と伝えることができるようになり、今では「VRのように、この世はすべて幻である」と言って実際にリアルな幻を体験してもらうと「そんなことはありえない」なんてもはや言えなくなるんじゃないだろうか。(余談ですが「なぎスケ!」の真鍋かをり氏のリアクションがものすごく可愛いので、外出自粛でお暇な方はぜひ。)

と、ここまで書いて読み返してみたら、前半と後半で全然違う話になっていて、「どちらかにまとめるべきか」と一瞬思ったのだけれど、今日はもう、そういう「こうあるべき」の枠を取り外したいと思います。二本立て。