21日間ブログチャレンジ

たまねぎの皮を剥く。

新コロナウィルスの勢いが止まらない。イタリアでは、「市民生活に直結しない全産業の生産活動」を約2週間停止することにしたという。

市民生活に直結しない産業っていったいなんなのか。

 主な対象は、物流、交通、製薬、保健医療、エネルギー、農業、銀行、郵便、金融を除く産業で、イタリアの主要産業の自動車、機械などの工場は当面閉鎖となる見込みだ。

イタリア、生活必需品除く全産業の生産停止…首相発表(読売新聞オンライン)

日本標準産業分類から考えると、製造業(食品と薬をのぞく?)、建設業、情報通信業、卸売・小売業(食品と薬をのぞく?)、専門・技術サービス業、不動産業、飲食サービス業、宿泊業、生活サービス業、娯楽業、教育、その他のサービス業、そして一部の行政サービスが「市民生活に直結しない産業」にあたりそうだ。

今後日本でも同様の措置が取られるような事態になった場合を考えると、まったくもって他人事じゃない。今は主に、高校生に向けて受験に関する情報を提供する仕事に関わっているのだけれど、今月もすでに休校の影響を受けて、仕事が3分の1ほど減った。仕事が減ると直接的に収入が減る業務形態なので、正直こまったなあと思ったりもする。(でもそのおかげでブログを再開したので、結果的にはラッキーかもしれない。)

Wikipediaによると、

産業とは、人々が生活するうえで必要とされるものを生み出したり、提供したりする経済活動のこと

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%A3%E6%A5%AD

なのだそうだ。けれど、今回の措置は「生活必需品以外の生産を止める」というもので、だとすると「人々が生活するうえで必要とされないものも生み出すのが産業ってことになるんじゃないの?」とひねた物言いをしたくなる。

とはいえ、今回生産がストップしてしまう自動車も、短期的に生活に必要ないというだけで、長期的に見たら(たぶん)必要なものだ。(今住んでいる家から車を使わずどこかに行こうと思うとなかなか大変で、まさに生活必需品としか言いようがない。)けれど、それはそれとして、社会が豊かになるにつれて、生活するのに必要なものの定義がふくらんできていたのではないかということを考える。

人類が今のような生活をするようになって、まだ月日が浅い(らしい)。その歴史の長さを考えると、農耕生活をするようになったのもまだまだ最近のことで、以前はずっと狩猟採集生活を送っていた。

狩猟採集生活をしていた人類は、過酷な砂漠に住む集団であっても、1日3〜6時間の労働(狩猟採集)で十分生きていけたという。それが、集団で定住して農業を営むようになると、生活環境が安定して人口が増える。しかし、数種類の決まった作物を毎年繰り返し育てることで時折飢饉が起こるようになる。

人は不安を解消してより豊かな暮らしを実現するため、労働量を増やして収穫量を増やす。そして収穫量が増えると人口が増え、結果労働量もさらに増えるが、ひとり当たりの暮らしはいつまでも楽にならない。やがて、労働の効率化のために分業するようになり、そうして行き着いたのが今の社会なのだそうだ。(だいぶはしょりました。)


サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福(ユヴァル・ノア・ハラリ著)

以前、いかに日常的に虚構に囲まれているか、という記事を書いた。(ここでいう虚構とは、目で見たり触れたりすることができず、お互いの想像の中でしか存在し得ないもののこと。)

虚構のたまねぎ。 最近読んだ本に、「ホモ・サピエンスは、共通の虚構を信じることによって繁栄した」という説が紹介されていた。 サピエンス全史(上)文...

今回の騒動を通して、今の生活がいかに虚構のうえに成り立っているのかということをひしひしと感じた。お金(虚構)がないと暮らせないから仕事をするわけだが、受験(虚構)がないと今の仕事は成立せず、受験は学歴(虚構)を重視する傾向のまだ強い社会だからこそ存在できている。

ここでいう虚構は、フィクションとか嘘という意味ではなく、ネガティブなニュアンスはない。かたちはなくても、お互いにその存在を信じている限り、それはたしかな現実である。ただし、かたちがないために、一晩にして主権が王から国民になったり、信頼をなくして通貨や株が暴落したりということも起こる。仮に「今後大学受験はなくし、希望者はすべて大学に入ることができます」なんてシステムができたりしたら、今関わっている仕事は存在する意義を完全になくす。

そう気づいてしまったからには、この枠から出て、地に足のついた生き方がしたいような気がしている。もしかしたら虚構の住み心地こそがあっているかもしれないし、そもそも枠がどこにあるのかも見えていないけれど、まずは畑をするぞ!という、毎年の決意(昨年は猪とカラスに収穫を奪われて断念)を今年も新たにした。