21日間ブログチャレンジ

60日間で枠を外す。

つい先日、2か月間インドへ修行に行ってきたという男性に会った。インドのヨガ合宿は1週間程度から気軽に参加できるそうだが、日常からある程度まとまった期間離れることで、心の底から解放されるという体験ができるらしい。そのためには、最低でも2か月は必要だという話を伺った。(その方は、半年間行ったこともあるそうです。)

日本で普通に生活していると、まず日々のスケジュールがある。これは子どもの頃から変わらない習慣だ。平日は朝から学校へ行き、人によっては放課後も習いごとや塾へ行く。そして、たいていの場所では、他者と比べること、競うことを学ぶ。社会に出ても、通う場所が職場になるくらいで、大枠では変わらない。

ここでは、他者と比べることや競うことを否定するつもりはない。折りしもオリンピックイヤーである。(オリンピックはなくなりそうだが。)競うことがモチベーションになることもあるし、競うからこそたどりつける境地は存在すると思う。

しかし、元はといえば、勝利することよりもしあわせになることが目的だったのではないだろうか。しあわせになるために「他者より優れている」ことが必要だと思われていたからこそ、積極的に人と比べる仕組みが取り入れられてきたんじゃないだろうか。

人が何かをする、あるいは何かを望む理由は、究極的には「しあわせになりたいから」であると最近読んだ本に書かれていた。ただ、その手段と目的は、往々にして入れ替わってしまう。

「宇宙のパワーと自由にアクセスする方法」(ディーパック・チョプラ著)

先月、ヨガのクラスに参加した。先生は「ヨガは、人と比べるものではなく、自分と向き合うもの」と言っていた。身体の柔らかさやポーズの美しさは、他者と競うものではないのだ。2か月間そういう環境に身を置くということは、もはや無意識的に他者と比較してしまう習慣を外すことなのではないかと考えた。

偶然にも、「2か月間」という期間について、他の場所でも耳にしたばかりだった。それは「2か月間、匍匐前進で暮らしていたら社会の常識の枠が外れた」という話だった。もしかしたら、長年の生活習慣により身体に染みついた枠を取り外すには「2か月」という期間が必要なのではないか。

一説に、21日間続けたことは習慣化するという。このブログは現在、21日間連続更新をめざしていて、あわよくば「ブログを書かないと気持ち悪い!」というところまでもっていけたらいいなあと今日も書いていた。

つい、今までは。

しかし、たった今、この説の出典を確認しようと検索してみたところ、継続には「21日説」と「66日説」があるという。ロンドンの大学の実験で、ジョギングなどの行動が実際に習慣化するまでの期間を調査した結果、その平均が66日だったそうだ。(ただし、実際の日数は被験者によって相当ばらつきがある。)

ということは、2か月というのは、ある程度根拠のある説だといって良さそうだ。(ついさっきまで、習慣化には21日、習慣を外すのに2か月かかるんじゃないか…という結論にもっていこうとしていたので、びっくりです!確認大事!)

さて、先日「曜日という7日サイクルの枠に囚われている」というようなことを書いた。

時間は、空間だ。 4年ぶりに、地球暦を買った。 太陽時空間地図 地球暦 地球暦は、春分をスタートとするA1サイズのカレンダーだ。その最大の特...

そこで、曜日の枠を外すために、明日の新月から2か月間、月の変化をベースにした暦で生活してみたいと思います。(今から作ります。)果たして、枠は外れるのか。2か月後が楽しみだ。