21日間ブログチャレンジ

穢れという仕組み。

今朝、Twitterのタイムラインに「物忌みとは、疫病が蔓延した平安時代におけるロックダウンであり、実は合理的な仕組みだったんじゃないか」というような趣旨のツイートがあちこちから流れてきた。身近に不幸があったときにはしばらく外出を控え、来客にも会わない。なるほど。

病気の仕組みや原因がこれだけ明らかになっている現代においても(少なくともウィルスとその形状までわかっている)、こんなにも不安や混乱を引き起こすのが感染症なのだ。安倍晴明をはじめとする陰陽師が闊歩する平安時代において、人々がどれほど疫病を恐れたことだろうか。たしかに、明快な理由(穢れとか悪霊とか)をつけて隔離ルールを設定するというのは、合理的な仕組みだったのかもしれないなと思う。

穢れの風習について、とても好きな話がある。

「大分県地方史」の「国東半島のお産小屋と姥捨山と(入江英親著)」という報告に、かつて国東半島では死にまつわる穢れ(黒不浄)のほかに、月経(赤不浄)と出産(白不浄)も穢れと考えられていたという話が紹介されている。出産の際には33日間お産小屋にこもり、家族が食事を運んでいた。33日が経過すると水と塩で清め、それでようやく台所に立つことが許されていた。

それを聞いた女性のひとりが「出産を不浄と考えるのは男尊女卑であり、もってのほかではないか」というと、関東から来ていた他の女性が「関東地方では休めても21日間で、出産をしたその日から働かなくてはいけない女性も多かった。今でこそ労働基準法で産休が設定されているが、国東半島では古来から白不浄という名の下に33日間も休むことができた。それは、むしろ女性を守るための風習だったのではないか」と話し、その場は拍手で盛り上がったという。

これは月経でも同じことがいえそうだ。今も生理休暇という仕組み(使ったこともないし、使ったという人の話も聞いたことはないけれど)があるが、少なくともこの地においては昔から「穢れ」という形で休むことが許されていた。

「穢れ」とは「気枯れ」であると聞いたことがある。気が枯れているからケガレ。気が元にもどると「元気」になる。

そう考えてみると、「気」という概念には免疫システムも含まれるのではないだろうか。月経中や産前・産後は女性ホルモンの乱れや鉄分不足によって、免疫が落ちるという。また、親しい人を亡くした直後も、ストレスや喪失感で一時的に免疫が下がるのではないか。細菌やウィルスによる感染を防ぐ以外にも、療養期間という意味があったのかもしれない。

東北地方の津波の伝承のように、古来からの風習や言い伝えには(理不尽なものもあるだろうが)形を変えて真実を伝え続けているものもまだまだあるんだろうと思う。