66日間ブログチャレンジ

仏像からはじまって、偶像崇拝について考えた。

はるか昔、聖徳太子のいた頃。大陸から伝わった仏教があっという間に政治の中枢に入り込み、その後全国に広まった理由のひとつとして「仏教には仏像があったから」という説を挙げている本をいつかどこかで読んだ。

たしかに、日本の神道には基本的に像はない。磐座や鏡など、拝む対象となる無機物はあっても、それらはあくまでも神様の依代であって、神様ではない。日本ではきっと神様は信じたり感じたりするもので、視るものではなかったのだろう。

その点、仏像は目に視える。触ることもできる。概念としての仏をゼロから伝えるのはおそらく難しいが、仏像を見せて「この仏様を大切にすれば国を護ってくれます」といえば伝わりやすい。相手のニーズに寄り添い、視覚に訴える。現代でも使えるプレゼンの極意のようだ。たしかに、仏像の存在は仏教の普及する過程において一役買ったのかもしれない。

しかし、実は初期仏教には仏像はなかったのだそうだ。キリスト教でいう十字架のように、あくまでも象徴として菩提樹や法輪を礼拝の対象としていたらしい。それが、ガンダーラでギリシア文明と出会い、ギリシア彫刻の影響をもろに受けたリアル系の仏像が作られたのをきっかけに、仏像が広まっていった。

偶像を禁じる宗教は多い。旧約聖書ははっきりと禁止事項として挙げる。モーセがシナイ山に登って十戒を授かっている期間、イスラエルの民は不安を覚えて金の子牛の像を拝んでしまう。神様は怒り、民を皆殺しにしようとするが、モーセがそこをなんとかなだめる。それでも、少なくとも3000人がこのとき犠牲になってしまった。偶像崇拝というのは、旧約聖書においては、そこまでして憎むべき行為なのだ。

幼い頃から仏像を見、手を合わせて育った身には、「偶像崇拝禁止」という概念がよくわからなかった。だからこそずっと興味があった。いったいなぜ神はそこまで怒るのか。

(余談ですが、牧師さんに「偶像崇拝を禁じているということは、踏み絵を踏んでも、ただの絵なんだからよくないですか?」と聞いてみたら、「神の絵だから踏んではいけないのではなくて、それを踏むことによって自らの信仰を否定することが問題なのです」と教えてもらった。なるほど、難しい。)

でも、最近になってようやく、偶像を禁止する意味がわかってきたように思う。自らの外に救いを求める行為は、自らの神性を放棄することにつながる。偶像が「心の支え」である分にはさほど問題ないけれど、往々にして「心の大黒柱」になってしまいがちだからこそ、そうならないようにはじめから禁止するのではないだろうか。

だとすると、言葉を尽くして一部の隙もない契約書を作る西洋と、言霊と雰囲気によってふんわり調和する日本の違いが、神と偶像の関係にも現れているのかもしれない。日本には、数こそ少ないけれど、神の像や絵は存在する。けれど、それを持たない神社のほうが多いし、神像を見ても神として拝む傾向はあまりないのではないか。「べつに禁止はしないけど、ね、ほら、わかるよね」という雰囲気を神様も醸し出しているのかもしれない。(かわいい。)(どっちがいいという話ではないです。)

そう考え始めると、そもそも「偶像とは何か」という話になってくる。(むしろ先にしておくべきだったと反省している。)ギリシア神話の神様を象った彫刻は、たぶん当時の人にとっても偶像ではなく芸術だ。仏像も、純粋な崇拝対象というよりも、芸術性だったり貴族ら所有者にとっての権威性が重要視されていたのだとしたら、それはそもそも偶像なんだろうか。

仏像は本来、手を合わせることによって自らのあり方を問い直すための存在なんじゃないだろうか。だとしたら、偶像というよりも象徴なのかもしれない。

話は逸れるけれど、「アイドル(idol)(偶像)」ってものすごい言葉だなと思う。ファンの心を支えているのだともいえるし、自らの心を犠牲にして(恋愛禁止とか)担ぎ上げられているとも考えられる。アイドルである限り、ただの人であることは許されないのかもしれないなあなんてことを考えました。