66日間ブログチャレンジ

小さな創造力を解放することを許す。

日に日に心がやさぐれてきている。

今できることを、する。 そろそろ動く予定だった仕事が、緊急事態宣言の確定を待って改めて検討することになった。手帳に「緊急事態宣言待ち」と書き込みながら、そのあ...

外で起きていることから目をそらして現実逃避するのは違うんじゃないかとも考えたけれど、それでも心の平和を保つのは大切なことだ。タロットのセッションで、カップのカードが出るとたいてい「まず自分の心が満たされていなければ、周りの心を満たすことはできない」という話になる。自分が実践できていないことを他の人に伝える資格はないのではないか、今は自らのカップを満たすことを意識するときなのではないか、と思い直す。

さて、現実逃避の一環として「大逆転裁判」をプレイし始めたのだけれど、ゲームに対する集中力や熱意が、学生の頃に比べて相当減っていることに気がついた。ゲーム自体は面白いし、楽しくないわけでは決してないが、かつてのようにのめり込めない。

「年をとると集中力が低下する」という。けれど、毎日ブログを書くのに最低でも1時間半、たいてい2時間かかってしまうのだけれど、苦にも感じないし(書き始めるまでは苦です)、むしろあっという間だ。

アナスタシア」やヨグマタジ・相川圭子師の本を読んでいると、人は創造力を働かせるために生まれてきたのに、他のこと(心配したり執着したり)にエネルギーを使いすぎて、創造力を十分に生かせていないという。年をとって集中力が低下するのは、余計なことに集中できなくなってくるからではないか。

牛乳が余っていると聞いて2本買ってみたものの飲みきれず、甘酒用に買ったヨーグルトメーカーでヨーグルトをつくってみた。しかし、ヨーグルトを1Lも消費するのは難しく、レシピを調べてみると「焼きヨーグルト」なる食べものを見つけた。コーヒーのドリッパーで、ヨーグルトの水を切る。水を切ったヨーグルトは、塩や砂糖を加え、耐熱皿にいれてオーブンで焼く。クリームチーズのようで美味しい。

よくよく考えると「それは直接クリームチーズを買った方が早いのでは」と思うのだけれど、この試行錯誤がおもしろいんだなと気づく。ヨーグルトから出た水分は、乳清(ホエー)というらしく、こちらもレシピを調べてみるといろいろ使えるようだ。(今のところは浅漬けにはまっている。)

今までは、庭の草刈りはほぼ草刈機に頼っていた(厳密にいうと、お隣さんにも頼っている)けれど、庭に大切な草花が増えてきたので、一部は手で草をむしらざるを得なくなった。抜いた草は、ハーブや花を守るために、マルチがわりに土に置く。しばらく経つと、青々としていた草はしんなりと色を失い、やがて土に還っていく。庭に対して、草花に対して、より一層愛着が湧く。

創造力とは、何かかたちあるものをつくることとは限らないのだなと気づく。「アート」という言葉に対しては、無教養であるが故に稚拙な反発心を覚えるのだけれど、「人はみなアーティストである」というのはこういうことかと思う。

そうして非合理的かつ非効率的な1日はあっという間にすぎて、心の中にたしかな充足感を残す。年を取るということは、あるべきところに還ることであればいいなあと思う。