21日間ブログチャレンジ

ひとつ足して、ひとつ引く。

急にあちこち出歩くようになったこと。突然ブログを書き始めて、脳の普段使わない部分を使うようになったこと(21日間ブログを連続更新するチャレンジに参加中です)。ブログを書くのに、日々睡眠を削ってしまったこと。そんなちょっとしたことが重なってか、ひさしぶりに体調を崩した。

風邪をひくときは、だいたいいつも微熱が続く。あたたかくしてぐっすり寝たらそれですっきり治るのだけれど、今回はそもそも微熱がない。身体を起こしているとめまいがする。「そうはいっても1日寝てれば良くなるだろう」と持てる時間をすべて休養に振ったのだけれど、翌朝になっても変わらない。「いつも」の風邪をひいた感じとなんだか違うなあと思い始めた。「いつも」と違うというのは不安を呼ぶもので、熱も咳もないのに、「もしかしてコロナかも…」とコロナウィルスの症状や関連ニュースを調べてみたりする。

結局コロナではなさそうだったので、予定通り出かけることにした。その車中で、片岡鶴太郎氏のオーディオブックを聴いた。

心の中に「静」を持つ(片岡鶴太郎著)

今の時代は「劇的」なものを求めすぎている、という話が印象に残った。たとえば「2週間でびっくりするほど痩せる方法」とか「売上が3倍になる商売の秘密」のような、より早くより結果が大きく出るものがもてはやされる傾向にある。

鶴太郎氏は、毎朝4時間かけてヨーガを行い、2時間かけて朝食を食べる。毎日同じルーティンを繰り返すことで、身体の微かな変化にも気づくことができるという。そして、その流れでイチロー氏の言葉を紹介する。

いま、小さなことを多く積み重ねることが、とんでもないところへ行くただひとつの道なんだなというふうに感じています

イチローが教えてくれた「5つのこと」

劇的な変化は、往々にして短期間のうちに終焉を迎える。もし仮に、毎日睡眠を少し削りながら21日間ブログを書き続けられたとして、22日目にも続けることができただろうか。「21日もよくがんばった!」と満足して休んでしまうのではないか。本来めざすべきところは21日目の先であって、21日目はほんの通過点なのだ。

今のやり方は違う。身体からの忠告だったのだと思った。

日常にブログを足すということは、何か他の時間を(睡眠以外で)削らないといけないのだなあということにようやく気がついた。というわけで、今日からブログを書くことと同時に、ブログを無理なく続ける方法を模索する21日間がはじまります。