移住

声高く、鹿鳴くる春。

啓蟄も過ぎて、より春らしくなってきた。
具体的には、灯油の減るスピードが遅くなってきたし、家の中で時折虫を見かけるようになった。
あたたかくて過ごしやすくなったなあと思っていたけれど、虫の出現を目にするたびに冬に戻りたいような気になる。

夜になると、家の外から鹿の鳴き声が聞こえるようになってきた。
今日は帰り道に猪2頭、鹿2頭にあった。
虫だけではない、(私も含め)すべての生命が活動をはじめている。

 奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の
 声聞く時ぞ 秋は悲しき(猿丸大夫)

小学生の頃、夏休みの宿題で覚えさせられたときには「鹿はどんな声で鳴くんだろう」と思っていたのを思い出す。
しかし、奈良の公園で会った鹿たちは、鳴いていなかった。
鹿せんべいを手にする私に、威圧するかのように無言のまま四方八方から迫ってきて、せんべいをむしり取って去っていった。
その記憶のせいで、鹿はあまり鳴かない(そして怖い)という印象がある。

「春なのに、めっちゃ鹿鳴いてるし」と思って調べてみたところ、鹿の恋の季節が秋なのだそうだ。
9月から11月が繁殖期で、オスは他のオスを威嚇し、メスを呼ぶために鳴く。
その声は「ピイー」とか「フィー」とか、女性の甲高い悲鳴にも似ている。
はじめて聞いたときには、あまりに高いのでてっきり鳥の声だと思っていた。
俳句でも、鹿は秋の季語だという。
なるほど、やはり鹿が鳴くのは秋なのだ。

そういえば先ほどの鹿の声は「ぴゃっ」という短いものだった。
警戒しているときの声だそうだ。
だいぶ近くから聞こえた気がする。
仲間と共に里に降りてきているのかもしれない。

2年前までは、「え!鹿?!すごい!!」といちいち驚いていた気がするが、気づいたら「ああ、また鹿か」と思うようになってしまった。
月日の流れと人間の適応力には驚かざるを得ない。

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