移住

国東市地域おこし協力隊になってみた。【その1】

国東半島に引っ越して以来、あまりに満たされすぎていてブログを1年間放置してしまったため(参考記事:国東半島はあの世に限りなく近いと思う。)、地域おこし協力隊の面接日程が決まったところでブログ記事が終わっていた。
「協力隊」の検索ワードで来る人も多いようなので、その後を振り返りたいと思う。

ここまでの経緯:
 国東市の地域おこし協力隊に応募する。
 豊後高田市でも地域おこし協力隊の募集が始まり、迷う。


【国東市地域おこし協力隊】

平成27年度当時、国東市ではは2つの課で協力隊を募集していた。

・活力創生課−地域支援係(空き家バンク担当・婚活担当)
・農政課(オリーブ普及担当)

(正確には活力創生課−産業創出係でも協力隊を募集していたが、ここは事前に内定でほぼ決まっており応募は実質受け付けていなかったようだ。)

新潟での経験から「農業振興というのはあちこちにいろいろな事情があってものすごく難しい」という(あくまでも個人的な)結論に至っていた私は、迷わず活力創生課に応募した。

提出書類は、履歴書(応募用紙)とA4のレポート1枚。面接官は4人ほどだったと思う。

面接の翌日、早くも合格だと電話連絡が来た。面接後も数日間国東半島に滞在して観光する予定だったが、4月から住む家を探すため急遽国東市役所に向かうことになった。


【国東市役所へ】

市役所の活力創生課では、いつも物腰柔らかな電話をくれる山岡さん(仮名)が待っていてくれた。
空港のそばにはアパートもたくさんあるけれど、空き家バンクの登録物件に住むことも可能だということ。そして、家賃は5万以下なら市が補助してくれるという話を聞いた。

せっかくならば空き家に住みたい。
しかし、空き家バンクの物件は古い建物が多く、特に修理もせずにすぐ住めるような物件はほんの数軒に限られるという。物件ファイルを見せてもらい、空港から徒歩15分ほどの比較的新しい一軒家と、空港や市役所からは遥か離れた旧国見町の集合住宅の分譲物件のふたつを見せてもらうことにした。

※ 国東市の空き家バンクの物件は、基本的には所有者さんに事前に連絡し、鍵を借りて見学させてもらうことになる。市役所で鍵を管理している物件も一部あるし、当日でも連絡さえつけば見学は可能だが、見学したい物件があるならば事前に連絡を入れておくと確実かつスムーズに動ける。


【国東市における地域おこし協力隊】

山岡さんが所有者さんに連絡を入れている間、他の職員さんが話しかけてくれた。

「国東市に来てこんなことがしたいというような希望はある?」と聞かれたので、「新潟では趣味で農家さんに話を聞きにいってフリーペーパーを作ることをしていたので、国東でもそういうのを作りたいとは思っています」と答えると「それは協力隊ではできないかもしれないなあ」と言う。

募集要項では「空き家バンク担当」「婚活担当」と別々に募集をしていたけれども、どちらも「活力創生課・地域支援係」に属する仕事だということ。そして、係内で担当が明確に分かれているわけではなく、係の仕事をみんなで助け合ってやっているのだということ。
「空き家バンク担当だから婚活の仕事はしないっていうんじゃなくて、イベントなんかは一緒に手伝ってもらうことになる」「地域支援係にもいろいろな仕事があるから、それ以外のことを協力隊としてやるのは難しいかもしれない」とのことだった。

この時の職員さんの説明は、結果的にとても正確だった。

もともとフリーペーパーは趣味として余暇に作っていたものだったし、協力隊に対して何か夢や希望があるわけではなく、言ってみればお金のために応募したようなものなので、それで構わないと伝えた。


結局、片方の物件はその日に所有者さんと連絡がつかず、翌日改めて見に行った。
両方見た結果、一軒家はあまりに広かったので、旧国見町の集合住宅に住むことにした。元洋品店だった物件はメゾネットタイプで、1階の表が店舗、奥がキッチンとリビングになっている。2階にも2部屋あり、家賃は3万5千円(市役所負担)。
山岡さんが契約等を済ませておいてくれるというので、あとは4月に引っ越してくるだけになった。

続きはこちら:国東市地域おこし協力隊になってみた。【その2】

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