旅行

「種田でひとり暮らし」は本当はひとり暮らしではないのではないかと考えた。

サンフランシスコについた。
明日から1か月、カリフォルニアのマウントシャスタにいます。


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先週は6日間ほど留守にして、バリに行っていた。
「しばらく出かけるんです」と大家さんに伝えたところ、「草刈っちょってもいいかね」「鉢に水やっちょくけん、外置いちょきよ」「毎日は来れんけどいいやろ?」と言われ、そんなにしていただいていいんですか…?と思いつつ、よろしくお願いしますと伝えて出かけた。

種田に帰ってくると、庭の草は綺麗に刈られていて、勝手口の外の水道に長いホースが取付けてあった。玄関先に並べてあるハーブの鉢に水をあげやすいようにつけてくれたようだ。日差しも強くなってきて多少黄色くなった葉もあるが、全員元気に育っていた。ありがたい。
実はうちはめだか付き物件(!)で、玄関外の鉢に6匹のめだかが暮らしているのだが、こちらも全員元気だった。
家に入ると、いつも玄関脇の郵便差し込み口の下にばらばらと落ちている郵便物が、靴箱の上にきちんと置かれていて、その隣には新しいめだかの餌のパックが並んでいた。

1か月アメリカに行くということは以前から伝えていたのだけれど、「明日から行ってきます」というと大家さんだけではなく、種田の班長さんも心配してくれた。種田の神社に「出かけてきます」とお参りしてから家を出た。


今日はサンフランシスコ泊。
部屋にひとりであることはいつもと変わらないはずなのに、なぜだか強烈な寂しさに襲われている。ホテルの外から車の行き交う音やクラクション、人々の話し声が聞こえてくるけれど、それがよりひとりであることを意識させるのかもしれない。

同時に、種田では本当の意味でひとりではなかったのではないかと考えている。
よく「こんなところにひとりで暮らしていて寂しくないのか」と聞かれるが、寂しいと思ったことがただの一度もない。それは、私がひとりで過ごすこと自体を楽しんでいるからだと思っていたのだが、あの場所には信頼してすべてを委ねられる大家さんやご近所さんたちがいる。家のハーブやめだか、最近では畑の土や植えたばかりの苗たちも、きっとそこにただあるのではなくて、私とともに生き、暮らしているのだ。

1日目にして早くもホームシックだ。
だいじょうぶか、私。

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